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東京都杉並区の歴史
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所在地 杉並区大宮2-3-1

 神社本庁別表神社
 多摩乃大宮・武蔵国八幡一宮
  大宮八幡宮




  御祭神
応神天皇(品陀和氣命 第15代の天皇)
仲哀天皇(帯中津日子命 応神天皇の父君)
神功天皇(息長帯比賣命 応神天皇の母君)



  御由緒と御神徳

 大宮遺跡の存在でも明らかなようにこの大宮台地は古代より神霊の坐す聖域でありました。
 社伝によれば第70代後冷泉天皇の時、天喜年中(1053~1057)鎮守府将軍源頼義公が奥州兵乱平定の途次、この地で長男の八幡八郎義家等と倶に白雲八ツ幡の瑞祥を見て戦勝を祈願され、平定後の康平6年(1063)源氏の祖神である京都・石清水八幡宮の八幡大神を勧請、当宮が創建されました。
 以来多くの人々の崇敬が篤く神域も殊の外宏大でありましたので武蔵国の三大宮の一つ、「多摩の大宮」と呼ばれていました。

宝物殿

 源氏一位門の徳川家康公も江戸開府にあたり当宮にも参詣、以降歴代の将軍より崇敬され朱印30石を賜りました。
 御祭神親子三神の御神威により子育(安産)守護、家庭円満、厄難除け、諸願成就の神として信仰が篤く、近年は、神々の記憶とわが国の歴史へ誘う、東京の重心「東京のへそ」・「子育厄除八幡さま」と讃えられています。なお大宮、方南、和田、松ノ木の各氏子地域の氏神様であります。



  大祭
春の大祭(尚武祭・つつじ祭)5月5日
例大祭(大宮八幡祭・秋の大祭)9月15日
新嘗祭  11月23日
  中祭
歳旦祭(1月1日) 元始祭(1月3日)  
紀元祭(2月11日) 天長祭(12月23日)
  小祭・遥拝等
朔旦祭(毎月1日) 月次祭(毎月15日) 節分祭(2月節分)
子供祭(5月3日) 除夜祭(12月31日)
大祓(6月30日及12月31日) 
武蔵野陵、畝傍山東北陵、本宮遥拝 他
七夕・乞功奠飾り(7月1日~15日) 
菊被錦飾り(9月9日より大宮八幡祭り)

赤門(神社北門)


 当宮は古く、江戸八箇所八幡のうちに数えられた大社です。大宮とよばれるのは、往古から広大な境内をもつ社であったことから、社名とも、また鎮座地の地名にもなったといわれています。
 祭神は応神天皇(誉田別尊)、仲哀天皇(帯仲彦尊)、神功皇后(息長足比売尊)の3神で、創立については、当宮の縁起{天正19年(1591)奥付}に、「平安時代末、源頼義が奥州へ出陣の際、当地で白雲が八つ幡のようにたなびく瑞祥をみて、八幡大神の霊威を感じ勝利を得ることができた。この報賽のため康平6年(1063)、この地に源氏の氏神である八幡神を祀ったのが、当宮の起源である。」と記されています。
 南北朝時代の貞治元年(1362)12月、大宮の社僧が紀伊国(和歌山県)熊野那智大社に納めた願文の写し(米良文書)があり、これによると、その頃から当宮に奉仕する社僧のいたことがわかります。徳川時代には代々朱印地30石を与えられて、大名や武士たちからも武勇の神として崇敬されてきました。
 昭和44年(1969)には、善福寺川に面する旧境内地から、首長の墓とみられる方形周溝墓三基が発掘されました。また対岸の松ノ木台地からも竪穴住居あと群や、縄文・弥生・古墳時代の各期にわたる遺物が数多く出土しているので、当宮の周辺は、古くから集落がいとなまれ、その中心地として重要な地域であったことがうかがわれます。
 社宝には、豊臣秀吉の制札・由比正雪の絵額・山岡鉄舟筆の幟・武術練達祈願の額などがあります。
 昭和55年(1980)2月20日 杉並区教育委員会

 大宮八幡宮には『大宮遺跡』、『方形周溝墓出土遺物』、『木造随身坐像』、『木村常陸介 前田孫四郎 制札』、『源義家公お手植松跡』、『力石』、『若宮八幡神社・白幡宮・御岳榛名神社』、『大宮稲荷神社・大宮三宝荒神社・白山神社』、『大宮天満宮』、『大宮八幡神社社号標』、『大宮八幡神社沿革碑』、『大宮八幡宮の社叢』、『菩提樹』、『大賀蓮』、『共生の木』、『神輿庫』、『山照らしつつじ』、参道には『鞍掛けの松』があります。
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