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東京都杉並区の歴史
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所在地 杉並区大宮2-3-1 (大宮八幡宮)

   大宮八幡神社沿革碑
      公爵徳川家達篆額(徳川家第16代当主)

武蔵の國、豊多摩郡和田堀内村に祀有り。曰く、大宮八幡。境域は廣潤に而て、老杉の森は、雲霄を列勢す。相傳るは、源頼義が東征の次、武蔵阿佐谷に雲氣起ち、其の上に白幡の如きが揺れ曳けり。頼義謂く、是れ八幡の神の示す吉兆也と。進軍を遂げ、賊を平し、乃に祠を創る。此の時、康平6年(1063)也。後に義家、祠を更修し、封戸を定め、寶仙寺を建つる。別當と為し、僧坊12を置き、鹿島より松の苗、千株を移植す。
鎌倉幕府の賽を以って、建増し之を修す。輪奐を窮むを以って、永享元年(1429)に、寶仙寺を中野郷に移し、一宇を営む。祠の旁に大宮寺と名し、以って別當に充てる。
永禄中に、上杉・北條の二氏、干戈を交へ、此祠・僧坊盡く
兵燹に罹る。天正2年(1574)に有た、大石信濃守は、重ねて之を建つる。
徳川氏は、初たに、社領30石と定め、朱印状を付す。且つ、躑躅を御手洗川の上に多く栽す。是より歴世尊崇し、大将軍は必ず親しく参拝す。頃者、村の有志の者、胥に謀りて、社殿の繕ひ、歩道を修し、櫻樹・数百章を列楦す。老杉と相錯りて、幽遂浄潔にして、人に益々崇敬の心を起さしむ。
因って碑を樹て、以って沿革を記せんと欲して、人を介し余文余謂を請うは、此の擧なり。以って人心を淳し、流俗を振し、国家に崇神の旨を深め合いて、其れ、世に教ふるに功有ること、大なる矣。乃ち喜びて、詞を繋ぎて曰く。
斯に屹す古河は 源氏が創に自る 鎌倉江戸と 世に歴り禋祀す
廟貌は茲す新にして 神威は顯に赫く 碑は樹て銘を勒み 以って因革を記す
 大正8年(1919)9月 池田四郎次郎撰 齋藤政徳書
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