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東京都杉並区の歴史
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所在地 杉並区永福1-8-1

浄土真宗本願寺派
 築地本願寺 和田堀廟所



 当廟所は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)に所属する築地本願寺の分院で、阿弥陀如来立像が本尊として安置されています。
 大正12年(1923)9月1日の関東大震災によって、築地本願寺は、地中57の子院と共に、焼失しました。その再建については、他に移転の議もありましたが、結局現地復興となり昭和10年(1935)インド様式の大本堂の完成を見ました。墓地については、他に移転することにしていたところ、陸軍省火薬庫跡であった当地が払下げられることになり、昭和4年(1929)出願が許可され、翌昭和5年(1930)当地を所有し、地名にちなんで和田堀廟所と名付けました。
 12,000坪(39,600平方メートル)の広さを有し、富士が望める閑静な近代的公園式墓地として注目されました。
 ところが昭和20年(1945)5月25日、空襲により建物はことごとく焼失しました。しかし、幾多の困難の中バラック建の仮本堂を建てて宗教活動を続けました。ようやくにして昭和28年(1953)、本堂が再建され、更に門信徒会館等が建てられ今日に至っています。
 墓地には樋口一葉・九条武子・海音寺潮五郎・古賀政男・水谷八重子・服部良一等有名人の墓があります。また、明暦の大火(1657)で焼失した築地本願寺(当時は浜町御坊)の再建に力を尽した佃島の人々の墓地があり、その佃島の祖先33名の由来が書かれた石碑も建てられています。
 平成22年(2010)3月 杉並区教育委員会



 築地本願寺 和田堀廟所には『九条武子墓所』、『三島海雲翁顕彰碑』、『』、『』、『』、『』、『』、『』、『』、『』があります。




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